2014年8月5日火曜日

落語を「読む」ということ

こんにちは、編集部Nです。

冷えたビールがひときわ美味しいこの頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。21回東京国際ブックフェアが終了し、はや1ヶ月が経とうとしています。

本ブログでは創元社社員の「こだわりの一冊」を紹介してまいりましたが、実は、まだ紹介しきれていない、とっておきのインタビュー記事がございます。最後にもう一度、お付き合いいただければ幸いです。

さて、最後の「こだわりの一冊」は、編集部MさんとSさんによる『米朝落語全集 増補改訂版 第八巻』です!




桂米朝著
定価(本体4,500円+税) A5判上製・288頁 20146月刊行

[内容紹介]
人間国宝、文化勲章受章と、いまや落語界を代表する至宝となった桂米朝師。自ら筆を執った『米朝落語全集 全7巻』(198082年)の刊行から33年を経て、新たに追加・発掘された口演記録・音源・資料から内容を増補し、造本・体裁・構成を一新して再編集。各巻に口絵写真、藤原せいけん氏の挿絵を収載し、詳細な索引を付して「調べる」「引ける」にも対応。至高の話芸をきわめた最大規模の全集、上方落語随一の定本にして永久保存版。 第八巻は、「一文笛(生原稿)」「莨道成寺」「淀の鯉」「病牀日記」などの貴重資料と、「小論・随筆」「小咄集」「索引・語釈集」を収載。


インタビュー前日にようやく最終巻が校了となり、米朝全集臨時編集室から無事“生還”を果たしたばかりの2人の声を、たっぷりとお聞きください。

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――まずは、これまでを振り返ってみていかがでしょうか。

M:とにかく過去にないくらい長いスパンの仕事でしたね。本格的に準備が始まったのは2年前なんですけどね、そこからもうほんとに、こればっかりやってきましたんで。

――最初は、これほど長くかかるとは聞いていませんでした。

M:そうそう。結局そんなに甘い仕事じゃなかったってことですね。旧版の米朝落語全集の全7巻(198082年刊)に、約130の落語が載ってるんですね。それが今回約160に増えたんですけど、その増えた30だけをしっかりつくって、残りの130は下地があるから表記を直すくらいでいいやって、2年前は思っていたんです。おおよそのところは昨年の9月くらいまでに終わらせて、それで米朝全集臨時編集室は閉じて大丈夫だと。

S:うん思ってた。というか、私はそう聞いてた(笑)。

M:ところがですなあ、落語の速記というのはそのときたまたま喋ったものが活字になっているので、言い間違いもあるし、言ってる順番が不適切だったりする。そういうことをスタート時にお弟子さんたちを中心に見てもらったんです。すると旧版の130も新たに速記から見直さないといけないことが分かった。だから、短期勝負で夏の3ヶ月間がんばろかと言っていたのが、実はつい先月まで続いていた。先月というのは4月です()。著者関係者や校正者、その他デザインする方や組版する方にも長期戦を強いることになり、かなり努力していただきました。

S:つい昨日おとといまで……。

M:つい昨日おとといまで。ほんとにねえ、まだ終わった気がしない。もうほとぼり冷めるどころか、頭カンカンで昨日は夜も寝られませんでした。悪夢にしばらくうなされましたよ。「あぁ! 索引のあれが抜けてる!」って。

――恐ろしいですね(笑)。

M:この1年間は本当に濃密な時間でしたし、やりがいのある仕事でしたが、いささかどころか、ほとほと疲れはてました。でも逆に言うとね、旧版を持ってる読者で「買い換えんでいいわ」と思ってる方がいるかもしれないけど、そうじゃないんだと伝えたいです。旧版の130の落語も相当バージョンアップしているし、さらに160のうちの30はまったく初めて全集に載るわけだから。

S:お弟子さんたちも知らないっていう噺が出てきましたから。

M:著者関係者も非常に熱心な方が多くて、落語会で全国をまわる合間に、原稿の束を携えてチェックしてくださるんですよ、決めた締め切りをきちんと守る方々だし。もう徹夜してでも締め切りを守る。

S:素晴らしい志でした。

――今回お2人で編集をされたというのは、いかがでしたか。

M:文楽や歌舞伎などの古典芸能に造詣の深いSさんに入ってもらったことによって、すごく助かった。落語って歌舞伎とか文楽のことが、ものすごい一杯出てくるのよ。これね、私一人でやってたらとんでもないトンチンカンなことになってたと思うよ。

――なるほど。

M:それから、我々がネイティブの関西人であることも大きい。この古い大阪ことばを死語と決めつけずに、落語の世界のなかで生かしていくんだという思い、50年後100年後に生かすんだという思いでやってきたので。しかも芸能はつながっている。落語のなかにしか残っていない歌舞伎の演目もあるんです。ある種、1年先2年先よりも、何十年も先っていう長期スパンで残すことを考えてやるべき仕事だったと思います。

――旧版との違いはどういう所でしょうか。

S:旧版に古い言葉が残っているんですが、それは実際に生で実演するときには外しておられる言葉なんですね。でも本のなかでは本の特性を活かして残していた。ただ、一発で録音したものを速記で起こしているから言い間違いもあるし、速記をした人が字を間違ってることもある。それを直していくわけですけれども、今回は『日本国語大辞典』や百科事典から方言辞典とか、落語・芸能関係の専門書まで揃えてたし、ジャパンナレッジっていうネット辞典で即調べられたり、図書館の蔵書をすぐに調べられたり、そういう環境が整っていたから、33年前の全集のときよりブラッシュアップできたんだと思います。それから米朝師匠のお弟子さんたちがいらっしゃったから、演者側からの意見をたくさん聞けました。また、ちょうど米朝師匠のおうちの資料を整理しておられる人がいて、いろんな資料を見せてもらうことができたんですね。そういうことが33年前と違ってすごくよかったことですし、こういう同じ状況が揃うのは、たぶんもうないだろうと思う。

――いろんな条件が重なって、今だからこそできた本ということですね。特にこの「第八巻」をこだわりの一冊に選ばれたポイントを教えていただけますか。

S:第八巻で何がいいかっていうとね、今回初めて入れる米朝師匠の資料がたくさん入っているんです。で、私の一押しとしては「病床日記」というのがあります。これは、昭和20年に米朝師匠が19歳で兵隊にとられたけれども、腎臓を患って実戦に出ないまま半年間入院していたときの日記です。兵隊にとられて病気になって青春時代の楽しみを奪われて、さらに友達は戦地にやられて亡くなったりしているのに自分は何もできない。しまいにはおうちも焼けてしまう。そのなかで自分は何をしていかなくちゃならないかとか、何を守らなくちゃいけないかというのを、すごく考えるんです。戦記文学というか青春文学としても、すごく面白かったし、このときの切迫感とか、葛藤とか絶望とか、そういうのがあるからこそ、これだけ頑張られたんやろなあって思う。だからこそ、米朝師匠がこうやって守ってこられたものを次に渡すお手伝いができてよかったなあって思いました。

――「病床日記」ぜひ読んでみたいと思います。話は変わりますが、落語を聴きながら編集をしていて、つい笑ってしまうことはありましたか。

S:うーん……何べんも同じもん読んでるからねえ。ただ何べんも笑ってしまうのもある。くだらなければくだらないほど……(笑)。

M:あるよね。疲れてるときってくだらない駄洒落で意外とツボつかれて笑ってしまう。なんか膝の後ろカクンってやられるような感じでね(笑)。

――なるほど(笑)。では、最後に読者の方へ一言いただけますか。

M:活字で読む落語の楽しさをぜひとも味わってほしいと思いますね。米朝師匠はもう現役の落語家じゃないから、高座が見られないんですよ。DVDとかCDも出てるけど、活字から違う世界を想像する楽しみを見つけていただきたいと思います。昔の大阪の生活ぶりなんかも想像できるし、博物館なんかで見るよりも、すごく情景が浮かんでくるんですよ。博物館に置いてあるのって何かきれいでしょう。でもほんとはもっと物が置いてあって、とっ散らかってて、土間なんか汚かったやろうし。必ずかまどで火を炊いてる臭いがしてるやろうし、当然扇風機も換気扇もないから暑いんやろうなあ、でも周りに高い建物がないから風抜けたんやろうな、とかね、そんなことも落語を読むとよく分かるんですよ。

――史料的な価値もあるんですね。

M:すごくあります。それが将来にわたっては一番大きい。今現実に、江戸から明治や大正時代の落語や大衆文学は、国文学者ないしは民俗学者の大きな研究資料になっているから。

――どんな大阪ことばが使われているかにも注目して読みたいです。

M:ほんまに、100語や200語じゃ済まへんくらい語彙が増えました。

S:ちょっと使ってみたりね。

M:そう使ってみたりして。「底抜ける」っていうのを強調して「ぞこ抜ける」って言ったり、よく濁点がついたりしますね。「悪い」のさらにもっと悪いのを「わるわるい」とかね。そういうのは現代人、我々の語彙にはないよね。「でけどこない(できそこない)」とか、どもってくるのね、河内弁的に。「けつねうろん(きつねうどん)」とか。

S:マイナスの言葉っていうのは山ほどあって、ほめる言葉はないんかなって思いながら(笑)。

M:最高のけなし言葉はやっぱり「どついても音のせんやつ」。もう頭からっぽすぎて……(笑)。これは落語の世界にしか出てこない言葉ですよ。落語家さんはみんな知ってる言葉ですけど。擬音語とかも揃ってるんですよ。「しゃいしゃい」とかわかる?

――「しゃいしゃい」?

S:「しっしっ」ていうこと。動物とか人を追い払う時の。

――へえー!

M:第八巻にまとめた索引には、そういう擬音語も載せましたから、ぜひとも楽しんでいただきたいです。

――索引を眺めているだけでも楽しめそうですね。貴重なお話をありがとうございました。


いかがでしたでしょうか。
落語ファンの方も、そうでない方も、「活字で読む落語の楽しさ」をぜひ発見していただきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




さて、当ブログの更新も、今回でひとまず終了となります。
初めての更新から短いようで長かった3ヵ月、お付き合いただいた読書の皆様、本当にありがとうございます。
どうぞこれからも、大阪の出版社、創元社をよろしくお願い申し上げます。



2014年7月17日木曜日

ご来場ありがとうございました

皆様こんにちは。製作部Hです。

第21回東京国際ブックフェア、無事に閉幕いたしました!

……というご報告が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。


会期中はたくさんのお客様にご来場いただき、また弊社ブースへお立ち寄りいただきまして、心より御礼申し上げます。

準備期間も含めて怒涛の日々でしたが、社内での反省会も終了し、委員一同ようやくひと段落、といったところです。


創元社ブースはこんな感じでした。



好評いただいたビジュアル本のコーナー


 
根強い人気の「知の再発見」双書(左)とアルケミスト双書(右)



そして、最終日の5日(土)には、弊社刊『乗らずに死ねるか!』の著者、黒田一樹先生がご来場され、ブースを盛り上げてくださいました!

なんと即席サイン会も!


ブースでは、お客様にお声をかけさせていただいたり、反対に毎年お越しくださっている方にお声をかけていただいたり。普段読者の方々と直接ふれあうことの少ない私たちにとっては、とても貴重な機会であり、うれしい出来事でもありました。

初めての挑戦も多く、至らない点も多々あったかと思いますが、いただいたお声は今後に活かしていきたいと思っております。

弊社ブースにお越しくださった皆様、そしてこのブログをご覧いただいた皆様、本当にありがとうございました。



ところで、今回のテーマとしてご紹介してまいりました創元社社員の「こだわりの一冊」。実はまだご紹介しきれていないインタビュー記事がございます!

当日配布させていただいたリーフレットにも掲載できなかった、インタビューの全文を読めるのはこのブログのみです。よろしければ、もう少しだけ本ブログにお付き合いくださいませ。


2014年7月5日土曜日

いよいよ東京国際ブックフェア2014最終日です!



おはようございます。

営業部のTです。

いよいよ東京国際ブックフェア2014最終日です!

昨日は一般公開日1日目、朝から小雨模様でしたが、たくさんのお客様にご足労いただき、誠にありがとうございました。


今年の国際ブックフェアは本日まで!
本日もあいにくの雨ですが、お友達とお誘い合わせの上、どうぞご来店下さい。
きっと素晴らしい本との出会いがあるはずです。


最後に弊社社員、力作の手書きPOPをご紹介させていただきます。







                         

2014年7月4日金曜日

東京国際ブックフェア2014開幕いたしました


おはようございます。
営業部Gです。

東京国際ブックフェア2014開幕いたしました。創元社ブースはこちら!








まだお客様が入られる前の写真なので、すこし閑散としていますが……。


社員みんなで協力して設営した自慢のブースです。

7/2と7/3は業界向けの日。7/4(金)、7/5(土)が一般公開日となっております。

初日はなんと、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが創元社ブースにいらっしゃいました! 話してもいないのに、めっちゃ緊張しました。眞子さまがご覧になった本はこちら!







ささやかですが、お買い上げの方全員に、プレゼントもご用意させていただきました。


まだまだ会期続きます。
是非みなさまお誘い合わせの上、会場に、そして創元社ブースにお越しくださいませ! 


みなさまのお越しを心よりお待ちしております。

2014年7月1日火曜日

一緒に楽しめるコミュニケーションツール


こんにちは。創元社総務部のSです。

創元社社員のおすすめの本、イチオシの本をご紹介する連載「こだわりの一冊」、第6回です。


今回は創元社総務部M係長の「こだわりの一冊」をご紹介します!


伊丹市昆虫館編
定価(本体1200円+税) A5判変形並製 112頁 2011年8月刊行
 [内容紹介]
カマをかかげ獲物におそいかからんとするカマキリ。今にも涼しい羽音をたてそうなスズムシ。三本のツノがかっこいいコーカサスオオカブトムシ。独自の企画展で知られる伊丹市昆虫館で、1999年から続く人気講座≪昆虫折り紙アート講座≫から、オリジナル作品14点を選りすぐり、昆虫学習にも使える編集をほどこした、今までにない本格的折り紙図鑑。大人から子供まで幅広く楽しめる、昆虫折り紙のふか~い世界にご案内します。


――この本を選んだ理由はなんですか?

実際に折ってみてほしいからと、発売前に、編集担当者からゲラ(仮刷、校正紙)をもらいました。普段は事前にゲラが総務に回ってくることが少ないので嬉しかったこと、そして、折った時の感想が本に反映されたりと発売前に少なからず携わったため、思い入れがある一冊となっています。

――おすすめやこだわりのポイントを教えてください。

昆虫館が監修されているだけあって、実際に折ってみると折り紙とは思えないくらいリアルな部分があり完成すると興奮します! 実物と折り紙の写真が両方載っているので、イメージがわきやすく折りながら実物の昆虫を見て「こう折るのか」と理解したり。また目次に難易度別の☆がついているので、自分のレベルに合わせて折り進めることができ、難易度が高いものが折れると達成感があるので、次はどれを折ろうかと嵌っていくはずです! 





――どういう方に手に取っていただきたいですか?

一昨年の東京国際ブックフェアで直接読者の方に、この本をおすすめする機会を持ちました。
その際に思ったより女性の方に好評で、折り紙が好きという方もいらっしゃいましたがお子様やお孫様が昆虫好きだから一緒にやってみたいとお買い上げいただいた方が多かったのが印象的でした。夏休みも近いですから、昆虫好きのお子様、お孫様がいらっしゃる方にぜひ手に取っていただきたいですね。
ご自分が実物の昆虫が苦手でも、折り紙で折ることによって、ご一緒に楽しめるのでコミュニケーションツールにもなるかと思います! 

――最後にひとことお願いします!

きっちり折らなくても雰囲気が出るので手先が不器用な方でも折れます! 
手に取られた方は表紙だけじゃなく、ぜひ裏表紙もご覧ください!リアルさがよくわかります! 

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裏表紙!私もそのリアルさに驚きました! 
そんなリアルさがギュッと詰まった「本物みたいな虫のおりがみ図鑑」

今回のインタビューで、この本のDMをお送りする際に、折り紙を同封しようと1時間に5人ほどでトンボを70匹折ったエピソードもお聞きしました。この数からみても折りやすさが伝わってきます!
お子様たちが夏休みに入るこの季節、いろんなお話しをされながら、ご一緒に折り紙で昆虫を折ってみてはいかがでしょうか?きっと夏の良い思い出ができること間違いなしです!
ぜひお手にとってご覧いただければと思います。


今回は以上で終わらせていただきます。


最後までお読みいただきありがとうございました。


2014年6月30日月曜日

今年もお配りします!

皆様こんにちは。製作部Hです。

東京国際ブックフェア2014開催まで、あと2日!
弊社ブックフェア実行委員会の委員長は、ブース設営の立ち合いのため、本日より会場入りしています。


さて、今回は、先日社内で行いました、とある作業の様子をリポートしたいと思います。

こちら。



何をしているか、お分かりでしょうか?





正解は、ご存じの方はお馴染みの(?)、「浪花ことばせんべい」袋詰め作業です!

2010年より、弊社ブースにてお買い上げいただいた方へのプレゼントとしてご用意しておりますこのおせんべい、大阪は阿倍野区にあります「はやし製菓本舗」さんでつくっていただいています。

この日、できたてのおせんべいが納品され、7名で袋詰め作業を行いました。
それぞれ役割分担し、流れ作業で詰めていきます。

しおりを二つ折りにする
   ↓
おせんべい(密封包装済)としおりをセットにする
   ↓
おせんべいとしおりをPP袋に入れる
   ↓
PP袋にシールで封をする


慣れない作業でもたもたしていると、あっという間に次工程待ちのおせんべいが積み上げられていきます……!



それでも、甘い匂いに包まれながら黙々と作業を続けて、予定より早めに終わらせることができました。


はやし製菓本舗さんの「浪花ことばせんべい」は、一枚一枚丁寧に焼かれたおせんべいに、「おいでやす」「きずかいない」「いけず」といった「浪花ことば」が焼きつけられています。
東京国際ブックフェア会場では、この浪花ことばせんべいと、特別に弊社の社名を焼きつけていただいたものを2枚セットにしてお配りしています。当会場限定の、かなりレアな商品です!



甘すぎない素朴なお味も保証付き。ぜひ創元社ブースにお越しいただき、お気に入りの書籍と一緒にゲットしていただければと思います。


なお、「浪花ことばせんべい」は、こちらの書籍でもご紹介しております!
こだわりの大阪名物満載! ブックフェア会場でも販売しています。


『新版 大阪名物』 
井上理津子、団田芳子著 
定価(本体1,300円+税) 四六判 並製 160頁



それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。



2014年6月27日金曜日

歴史学はどうあるべきか

こんにちは、編集部のDです。おもに歴史本や鉄道本を担当しています。また、今回は弊社内のブックフェア実行委員会の委員長を務めています。

本ブログでは社員の「こだわりの一冊」をインタビュー形式でまとめていますが、インタビューを受けて要領よく答えるのは苦手なので、自分でまとめました。

結果、自分でもおそれていたとおり、長くなってしまいました。ブログで読むにはしんどいスタイルですが、根気のある方はお付き合いくだされば幸いです。


http://www.sogensha.co.jp/booklist.php?act=details&ISBN_5=20288

『私と西洋史研究――歴史家の役割』
川北稔 著/玉木俊明 聞き手
定価(本体2,500円+税) 四六判上製・272頁 2010年4月刊行

〈内容紹介〉
西洋史研究の碩学として知られる著者の個人研究自伝。計量経済史および生活史(社会史)の開拓、世界システム論の紹介・考察など数々の画期的業績を築きあげた著者の研究スタンスや思考を詳説するとともに、学界研究動向の推移や位置づけ、歴史研究の意義とあり方、歴史家の役割など、歴史を学ぶうえで必須の観点を対談形式で平易に説き明かす。研究の背景や意味を解説したコラム、詳細な脚注入り。

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●本書を選んだ理由

創元社の歴史の本というと、ビジュアルもの、翻訳もののイメージがあると思われがちですが、日本人研究者による書き下ろしの専門書ないし啓蒙書もあることを知っていただきたいと思い、その代表として本書を選びました。

あとでも申し上げるつもりですが、一昨年から刊行している「創元世界史ライブラリー」という叢書は、本書の編集を契機として生まれました。

また、著者の川北稔先生は学生時代にイギリス史を勉強していた私にとって雲の上の存在であったこと、また私事で恐縮ですが、本書編集中に父が亡くなったこともあって、装丁を見るたびにいろいろな思い出がよぎる一冊でもあります。


●川北史学のエッセンス

本書では川北先生の研究者としての歩みを辿りますが、その歩みは戦後日本の西洋史の歩みとも重なります。少し専門的な話になりますが、まだ農村史、土地制度史学が盛んだった時代、川北先生はまず、ほとんど独力で計量経済史の道を切り拓かれました。

本書あとがきで玉木先生が触れられているように、本場イギリスを越えるような業績を1960年代、20代なかばで出されたのです。驚くべき話ですね。

これだけでも瞠目すべきことですが、続いて生活史、社会史を開拓され、その成果は1970年代に河出書房から出た「生活の世界歴史」として結実しました。これは大変面白いシリーズで、私も学生時代にその文庫本を何冊も読みました。

このシリーズや、その前に出た『洒落者たちのイギリス史』は専門家だけを対象とした本ではなく、イギリス史や世界史に関心のある一般読者を獲得したといいます。川北先生はここでもいち早く、「リーダブルな書物による研究成果の報告」という新しい手法をとられたのでした。

さらに80年代になると、ウォーラーステインの世界システム論をいち早く日本に紹介され、日本における世界システム論の第一人者として、西洋史の枠を超えて大きな影響を及ぼしました。一国史にとどまらない、他の国・地域との関係を重視する研究スタイルを提唱されたわけで、今日の「帝国研究」の礎を築いたといっても過言ではないと思います。

とにかくその業績は圧倒的で、すべてを一人でやったとは信じられないくらいです。

そうした質・量ともに圧倒的な業績はどのようにして生み出されたのか、画期的な視点はいかにして得られたのか、研究者としていつも何を心がけていたのか、歴史学はどうあるべきか……本書では「川北史学」のエッセンスが余すところなく伝えられています。これから西洋史を学ぼうという人にとって必読だと思います。

それから本書の大部分は、玉木俊明先生(京都産業大学教授)との対談を加筆修正してまとめられていますが、川北先生による書き下ろしのコラムが3本あります。

これは当初予定にはなく、私が無理を言って書いていただいたのですが、どのコラムも非常に刺激的で、読み応え十分です。あまりに刺激的で、どの部分がそうなのかは言えませんが、まずはここを読んでいただいてもいいくらいです。


●昔の研究風景

本書にはまた、昔の研究風景がよく出てきます。インターネットが普及するよりはるか前の時代、外国の文献や情報を手に入れるのも一苦労で、コピー機もなく、貴重な文献を手書きで写していたそうです。研究者にしても、いまではちょっと考えられないくらい個性豊かな教授たちがたくさんいて、独特の世界がありました。

いまとはまったく異なる環境下でどのように研究していたのか。西洋史研究にかぎらず、興味深いエピソードがたくさんあります。昔のほうが良かったと言うつもりはありませんが、便利になった一方で失われたものもあるような気がします。

「そんな専門的な話はわからない、昔のこともわからない」という人もいるでしょうが、そうならないように、本書にはたくさんの脚注を付けました。戦後西洋史に大きな影響を与えてきた錚々たる面々や時代背景がフォローされており、この脚注だけを眺めていても面白いと思います。

刊行後、面識のある先生から「よく調べたね。私たちにとっては懐かしく、いまの学生にとっては親切だね」と言われました。ほとんどは玉木先生が作成してくださったのですがね。


●装丁のこと

本書の編集作業では、後世に伝えるべき本として、あれやこれやと中身にこだわりましたが、見た目にもこだわりました。川北先生が学生時代に使われていた研究ノートをお借りして、それをそのまま表紙にし、その上にやや表紙が透けて見えるカバー(ジャケット)を巻くことにしました。

当初はノート表紙を前面に出す予定でしたが、川北先生は「きれいなものじゃないし、ちょっと品がないんじゃ……」と難色を示されたので、表紙がかろうじて透ける特殊な紙を用いました。結果的にとても品のある仕上がりになったと思います。

大扉(「はじめに」の前にある書名のあるページ)にもこだわっていて、フールスカップという特殊な紙を用いました。シャーロック・ホームズ・シリーズを読んだことのある人はご存じだと思いますが、昔、余分なインクを吸い取るのに使われていた紙で、用紙全体に漉き目が走っていて、用紙の場所によってはフールスカップ(道化師帽)の漉かしが出てきます。

つまり、道化師帽の漉かしがある本とそうでない本があるわけです。また、フールスカップはイギリスにルーツをもつ紙ないし紙の規格ですから、イギリス史を研究されてきた川北先生にはぴったりです。

以上は装丁家の濱崎氏(今年、装幀コンクールで文部科学大臣賞を受賞)のアイデアで、本書の位置づけや私の思いの強さを汲み取ってくれたのだと思います。


●誰かが面白いヨーロッパ史を書かなければならない

本書のなかでは、いまの西洋史研究への懸念が何度も吐露されます。西洋史研究は時代が進むにつれて細分化され、精緻になってきました。いまや大学院生が在外研究をすることは珍しくなく、各国の文書館に出入りして一次資料をベースにした研究が当たり前になっています。

こうして研究の質が上がることは素晴らしいことですが、一方で歴史好きの一般の人たち、非専門家にとっては親しみにくいものとなっているきらいもあります。西洋史研究者でさえ、専門を異にすると評価に困り、著者と一部の人たちにしかその内容を理解できないような状況も生じています。

だから、川北先生は言います。「誰かが非常に面白いヨーロッパを書かなければならない」。そうしないと「日本の西洋史研究者は、国際的にも、あるいは国内的にも生き延びていけないのではないか」。

このくだりを横で聞いた時、私は衝撃を受けました。そして、その後何度も自問自答しました。専門家でないけれど、歴史に関心のある、知的好奇心が旺盛な人たちの期待に応えられているのだろうか。編集者として本当にそういう本を作ろうとしているだろうか。自分が専門に関係なく、歴史の本を楽しんでいた頃を思い出しました。

そして冒頭でふれたように、このことを契機として「創元世界史ライブラリー」という新しい叢書を作りました。刊行されたのはまだ3点ですが、各巻の最終ページ広告には次のように書いてあります。

「世界を知る、日本を知る、人間を知る――ベーシックな研究テーマからこれまで取り上げられなかったテーマまで、専門研究の枠組みや研究手法、ジャンルの垣根を越えて、歴史学の最前線、面白さを平易な言葉とビジュアルで伝える」

文言は私が書いたもので、川北先生がこのようにおっしゃったわけではありませんが、本書を編集していなければ、このシリーズは生まれなかったかもしれません。そういう意味でも思い出深い一冊であり、これから西洋史を勉強しようという方にぜひとも読んでいただきたい一冊です。

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ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。どうも思いが先走って、簡潔に伝えることができませんでした。ご容赦願います。

本書や本書のおかげで生まれたライブラリーなどが一人でも多くの方に読まれ、そのなかから歴史研究を志す方が出てくることを祈りつつ、編集者として精進をかさねたいと思います。